秋になって私は「希望」について黙想する時だと思います。
「神は豊かなあわれみをもって、私たちを新たに生きかわらせ、キリストの復活にいきいきとした希望を持たせた」(1ペトロ1.3)
私たちは「希望の目」で前日の出来事を見ているのですか?
聖書のなかで教えられていることは信仰の目で見るだけでなく、希望の目で見られるのは望ましいです。
たとえば、良きサマリア人のたとえ話は今の教会のつとめを持っている。
全世界の苦しんでいる人々の世話をする教会です。
生きている教会は、将来に向かって人々を導くつとめを持っている。
教会は全世界の人に喜びを与える希望!
またまた・・・
1− 希望 はっぱは落ちても・・・ 木は生きている・・・
まちがったとしても、ゆるされる・・・
2− 主はいっしょにおられる・・・